あおいうず

「自分を大切にする」ってどういうことか試していく記録です。思ったこととか書きます。

悲しみたがっている声を聞いてあげる

強がる癖があった。

 

「時間が解決してくれるから耐えていれば大丈夫」「悲しくなんかないし」「あんな子よりわたしの方が▲▲なんだから」「本気出したらできるし」

 

(↑改めて読むとなんて素直じゃないんだろうと思うけど…)

 

できなかったこと、うまくいかなかったこと、選ばれなかったことを受け入れたくないがために、強がってしまう癖があったな と思う。

 

けれど、そんな強がりをしながら、

うっすらと涙が滲む。

多分本当は、わたしの心は悲しみを味わいたかったのだと思う。

 

【自分を大切にする】

 

自分が本当に味わいたい感情を、味わわせてあげることも、それの中の1つなのではないかと思う。

 

強い刺激を受けるだろう。

そこから守るために強がりが出る。

きっとそうしなければやってられない理由が、過去があったんだと思う。

 

でも、感情は悪者じゃない。

悲しみたがっている自分の声を、

ちゃんと聞けたらいいな。

 

声を出して泣いてしまうかもしれない。

眠れない夜があるかもしれない。

それでも、それでもなのだ。

 

 

摂食障害の名残

食べて絶食を繰り返していた頃のことをぼんやり思う。

 

始めは、単純に痩せたくて、食事を減らして動いたら体重計の数字がみるみる減っていくのが嬉しかった。「あれは食べない、これも食べない、これは多すぎる!」と親に文句ばかり言って、当時関係が微妙になってしまったけど。

 

でもそのうちその生活を維持できなくなって、過食して吐けない代わりに絶食する、絶食も続けられずまた過食する、のパターンにはまっていった。もともと腎臓が弱いのも相まって尋常じゃなく浮腫み、また痩せにくい身体になった。そして前を向きにくい心になった。

 

一人で食べるのが怖かった。でも誰にも食べてるところを見られたくなかった。でも誰かと満たされる時間を過ごしたかった。

 

今は随分穏やかになった。

正直悲しみや寂しさを食にぶつけることは、もうほぼない。ほぼ、だけど。。

自分のことを少しずつ認められるようになってきたし、「まあ、いっか!」と思えるようになってきた。

 

でもひとつ、「あー、名残があるなあ」と思うことがある。

 

わたしは体重計に乗れない。

 

乗ろうとすると、昔の苦しかったことがわーっと湧き上がって、心が停止してしまいそうになる。数年前働きすぎて体を壊した時期、病院で乗ったら身体が震えて、その後人生で最高の血圧を叩き出してしまった。笑 笑えない話である。

その後の先生の話は全然覚えていない。

家に着いてからもずっと、「どうしようどうしよう」ばかり考えていた。

 

乗らなきゃ死ぬようなことじゃないんだけど、19歳頃から春夏にかけて襲ってくる強烈な目眩発作を治したい。そのために漢方薬局に行って、ちゃんと診断して体質改善をしたい。そのためのカルテが必要なのだ。

身長、体重、年齢、生活習慣、諸々のデータ。

それを作るために、たった一度だけ乗ればいいのに。

 

そんなこともあるよ、と自分に語りかけてみる。乗れないから、太ってるから、不細工だから、だから云々じゃないよ。と。

自分を大切に扱ってあげる。

丁寧な言葉をかけてあげる。

 

これが自分にとって、弱った心を立て直す一番の近道だということはわかっていて、地道に繰り返している最中である。

 

来年の目標は、体重計に乗って、

カルテになる問診票を書くことにしようかなぁー。めまい、治したいな。

 

背中を押してくれる思い出 過去に執着したくなる思い出

部屋を掃除して綺麗にした。
あまりにもわたしが片付け下手なので見かねた兄が「片付けてやるから一緒にやろう」と言ってくれたからである(恥ずかしい)

 

いくつか「思い出の品」を、捨てた。
ずっと捨てられなかったものたちを思い切って、捨てる。

 

兄が繰り返し言う。
「これ、ほんまにれいさんに必要なん?これで運気上がると思うん?最後に手に取ったのはいつ?こんだけ埃かぶせて、ほんまに持っておきたいものなん?」

 

久しぶりにそれらを手に取り、眺めると、「心地良い懐かしさ」ではない何かが胸を締め付ける。

 

間違いなく素敵なものたち。
だった。

 

けれど時が流れるとともに自らの心境も変化してしまうもので、
それらを見ていると、なぜか悲しくなった。
たぶん、自分の戻れない過去に執着したくなるからだと思う。

 

過去の栄光。過去の愛。

すでに執着しているから、ずっと置いていたのだなとも思う。

 

その思い出があるから頑張れる ではない。
その思い出があるから、引き返したくてたまらない。

 

思い出に罪はない。あるのは自分の未熟さだけだ。
だから本当は自分次第なのだ。わかっている。

 

けれど思い出を思い出として糧にできない、弱い自分を受け入れたいと思った。

 

過去に引き戻そうとするものは、手放そう。
わたしが本当に生きたいのは今であり、今を重ねた未来であるから。

とりあえず、ね。

 

背筋を伸ばし、前に進みたくなる思い出の品にできないなら、
それはわたしにはきっと、必要ない。

 

(気づきをくれた兄に感謝である。)

 

愛を思う

一人で過ごしていると、
いろいろなことを思う。

 

たぶん、わたしは、思っていたよりもずっとずっと愛されていたのだと思う。

 

お菓子の最後のひとつをわたしにくれること
寒いから出しといたよ、と電気あんかを温めておいてくれたこと
眠いのに朝御飯を作ってくれること
テレビが一番見える場所を譲ってくれること

 

永遠の愛があるかないかと言われたら、
それはわからない。永遠に生きて確かめることもできないからだ。

けれども一瞬一瞬の愛を受け取り、
また愛を込めることはできる。

 

たぶん、愛って、相手のことを思うことだ。
娘だから、恋人だから、理由があってもいい。なくてもいい。
純粋に誰かを思う気持ち。
あなたのためにしたいという気持ち。
そこに既に、それがあるのだと そう思った。

 

いつかこれを言葉にして、
母に伝えたいと思った。

愛してくれてありがとう。

仕事を辞めて、変わったこと。

7月が終わる。と同時にわたしの【お休み期間】も終了となる。

大きく変わったこともあったし、まだ変化途中なのかなと思うこともある。

大きく変わったこととしては、

 

  • 血圧のmax値(収縮時血圧)の平均が30くらい下がって、ほぼ正常値に
  • 突然下肢に走る電撃のような激しい痛みがほとんどなくなった
  • 何食べても胃痛が起こることもほとんどなくなった

 

が挙げられるかな、と思う。

 

  • 血圧のmax値(収縮時血圧)の平均が30くらい下がって、ほぼ正常値に
通勤・仕事中、また夜勤明けの動悸と身体の震え、そして眩暈が酷くて去年の秋くらいから内科にずっと通っていて、そこで「年齢のわりにやたら血圧が高い」ということがわかった。(手の震えから最初甲状腺の病が疑われてMRI撮ったけど大丈夫でした)
ざっと書き留めていた記録を見ると、今年の4月の時点でmax140過ぎ。130を上回るといわゆる高血圧になるわけだけど、その10mmHgを軽く10上回った血圧がわたしにとっての通常値だった。
「君の場合は交感神経のせいかもね。性格もあると思う」と言われ、当初はどうしたらいいかわからなくてそのままの生活を続けていたけれど、それがまずかったようで、やっぱり強制終了がかかって休職、ということになった。「何か憂さ晴らしの方法を見つけてリラックスしなさい」と言われたけれど、そんなことをする時間があるならわたしはとにかく眠りたかったし、そして食べたかった。(後から後悔するのに)
 
人間には自律神経(交感神経・副交感神経)というものがあって、いわゆる"戦闘モード"になると交感神経が優位になるのだそうだ。このとき身体は呼吸を浅くし、血管を収縮させ血圧を上げる。必死になって働くうちに、いつしかわたしの身体は常に戦闘モードになっていた。そういえば、よく先輩たちにもっとリラックスしたら?とか、呼吸浅いよ、とか言われていたっけな、と思う。
休職中、いろんな人の話を聴き自分の身体の内側に目を向けていくうちに、この動悸や眩暈・高血圧は自然におさまっていった。
「××しなきゃ、しなきゃ、はやくしなきゃ」「××であるべきだ、絶対にそうだ」こういう思い込みが自分自身の心身をずっと縛り付けていたのだと思う。本当は、であるべきことなど、なかったのだ。場所が変われば変わり、相手が変われば変わり、時が過ぎれば、自分が変われば。すべては変幻自在だ。わたしたちはそういう可能性の中を漂いながら生きている。
 
  • 突然下肢に走る電撃のような激しい痛みがほとんどなくなった
腰椎椎間板ヘルニアと診断される直前、仕事中突然仙骨から足先にかけて電撃のような痛みが走り、立っていられなくなりその場に崩れた。それから何度もそんな痛みがやってくるようになり、痛みがいつ来るかわからないのがとても怖かった。
 
腰痛は身体に溜め込まれた怒りによって引き起こされる。(もちろんそうでない重篤な疾患もあるだろう)
TMSジャパン代表、長谷川淳史氏著『腰痛は<怒り>である』を読んだ。

わたしにはずっとずっと表現できていなかった”怒り”が確かに在ったのだ。

それはこの本を読む前からわかってはいたけれど、向き合うこと恐れ、目を逸らし、忘れたふりをしていた。けれど、もう、今ここでやらなかったら、ずっと痛みを怖がって生きていくしかないのかもしれない。それは嫌だった。

溜め込んだ感情と向き合うということ。まず、静かに、そして具体的に、感情を「眺める」。 すべてはここから。ああ私は怒っていたんだな。悲しかったんだなと。ただそれを繰り返している。

そうしているうちに少しずつ、痛みが来る頻度が減っていることに気づいた。これからもこの習慣が続けばいいな、と思う。

 

  • 何食べても胃痛が起こることもほとんどなくなった
これもおそらく感情(≒ストレス)と自律神経のバランスの悪さだったような気もするのだ。入社してこの1年で、2度胃腸炎になった。病院へ行ったのが2回、それからも胃痛は続いていたけれど、もうお金も時間も勿体なく思ってしまって(どうせ治ってもすぐぶり返すから)医者にかかることはなかった。今考えれば「どうせ治ってもすぐぶり返すから(行かない)」という思考自体も大問題だったなと思う。
地獄のような胃痛。何も食べてないのに吐きそうなほど食べたみたいに胃が膨らんでいた。痛みで眠れない夜、わたしは自分と自分が生み出した環境を恨んだ。
 
夜勤をやめ仕事を辞めてから、胃痛は自然に薄れていった。
何を食べても胃が痛くなるからお粥ばっかり食べていたけれど、最近は元気にモリモリ色んなものが食べられて嬉しい。でも、まだ完全にはなくなっていない。やっぱり痛むなあという日もある。
身体と心と向き合う日々を重ねていきたい。
さすればこの痛みが必要でなくなる時がやって、きて欲しいな。
 
 
働くことを再開した途端、元通りになっちゃいましたー!だと洒落にならないし、そうならその次はもうないなと思う。多分、次に前のような状態になったら、わたしは生きてはいないのだと思う。
 
 
環境や人は、ただそこに在るだけ。
わたしはそこを自分で選び、そういう自分であった。
だからそうじゃない自分に変われば、選択肢も変わりうる、よって環境や関わる人も変わるだろう。
何かのせいという思考を、できるだけ手放していたい。何かのせいというより、ただの因果応報。在りて在っただけのこと。
 
わたしも、ただただ、在るだけ。
変化の海に漂いながら、それでも、ただ在るだけだ。
 
 

f:id:lovearth1019:20170730224358j:plain

水族館が好きで、地元のそれの年間パスを2年連続で買った。
青色に包まれる空間に身を置き、そして目一杯水槽に近づけば、自分もその中に入れたような気がしてとても心地いい。
 
水はいい。漂うことを無条件に飲み込んでくれる。
留まることができないからこそ、”今、ここ”を感じていたい。
 
 
 

退職しました。

先日会社に行って相談した結果、退職が決まりました。

社長とも笑顔で挨拶ができた。

1年と少し。入社して色んなことがあったけれど、でも結果「ここに来て良かったな」と思える時間だったと思う。

 

身体を痛めた代償に、という書き方は微妙だな と思うようになった。

 

休職中は、自分の「思考のバグ」みたいなものと向き合うための時間となった。

本当は京都か千葉のヴィパッサナー瞑想に10日間行こうと計画していたのだけれど、

身体のことが心配で今回は見送ることにした。

その代わりにちょうど10日間、関東方面に遠征してとにかく色んな人の身体に触れそして話をした。

 

そこでわかったことはこう。

たぶん、どこに行っていようと、私がこの「思考のバグ」に気づき修正しない限り、

いつかはこうなっていたのだということ。

その思考のバグの1つとして、自分を大切にしない、という選択をしてしまっていたということ。

それは自分の傷ついた部分を、弱くなってしまった部分を隠すためにそうしていたのだということ。

 

こうなってしまったことや過去を、誰かや何かのせいにするのをやめたいな、と思う。

いつだって自分次第だろうから。そうできる自分になりたいから。

無意識に選択してしまう背景は、自分ではどうしようもない環境から来たものだったのかもしれない。でも、そう気づき自分を見つめ受け入れることができるのであれば、そ

こに執着する必要もない。

そうわかっただけでも、価値があるな、と思う。

 

f:id:lovearth1019:20170722153516j:plain

散歩をした。水のあるところは気持ちいい。

毒出しはまだまだ続く。

すべてわたし自身が選んできたこと。だから私が手放してやるのだ。

見たくなかった自分の弱さを直視する。

けれど認識することで消えていく恐怖がある。

必要なのは、勇気だけだ。 

 

f:id:lovearth1019:20170723024718j:plain

行き止まりには猫がいて、少しだけ潮の香りがした。

休職42日目。過食女だった私が自分の声を聞く。

 

4日くらい前からやたらサンドイッチが食べたくてたまらなくて、

今日食べなくて明日まだ食べたかったら買いに行こう」を繰り返してやっと、昨日ありつくことができた。

 

思えば仕事をごっそり減らして休職期間に入ってから、「今はいらない」とか、今回のような「明日まで待ってみようかな」という「すぐに食べようとしない」ができるようになった。

 

学生時代わたしは典型的な過食症状に度々襲われていた。色んな思いが止まらず辛すぎて死にたくなったことも幾度となくあった。

できるだけ人が少ない(=知り合いに合わない)時間に買い物に出掛けてすぐに食べられそうなものをかごにいれまくる。我慢できなくて玄関で靴を履いたまま手掴みで食べたりしていた。

 

大学のスクールカウンセラーや精神科にもかかってみたし、通っていた内科の先生にもお世話になった。吐くことに憧れて四六時中いわゆる「かしょお」ができる同世代の女の子たちのTwitterを見ていた。かしょお、っていうのは過食嘔吐の略だよ。

 吐けない代わりに過食→絶食を繰り返すのがいつものパターンだった。

 

毎週火曜日の4限後。それがわたしが大学のカウンセラーに会っていた時間。隠れるように保健センターに入って奥の部屋へ向かう。たまたま居合わせたサークルの先輩には体調が悪くて、と嘘をついた。

 

大学に時々来られるという精神科医の先生にお会いする約束で、5分遅刻をした。行かなきゃいけないのに食べることをやめられなかったから。泣きそうになりながらアパートを出たことを覚えている。

 

内科では泣きすぎてお話にならなかった。(笑)

 

色んな先生に相談するも手っ取り早く解決したかったわたしは電車に乗り精神科専門の病院へと向かう。

山間部の学生街、どこへ行っても知り合いに会う。「おつかれ!どこいくの?」なんて絶対に聞かれませんように。そう願いながらまた隠れるように病院へ向かった。

(ちなみにこの時は「躁鬱状態」と言われ大量の睡眠導入剤精神安定剤を出された。わたしが欲しかったのは食欲抑制剤だったけど。)

 

安定剤を飲めば、心が安らかになって、過食衝動もおさまるだろう、と思ったわたしは納得しないながらも薬を飲み始めた。が初回で副作用の頭痛と目眩に耐えきれず授業を早退、その日のお昼に予定していたサークルの練習もドタキャンした。

情けなくて泣きながら帰った。「食べたくないから薬のんだら目眩がして歌えません」なんて訳わからなすぎるし、絶対に言いたくなかった。大学3年生の冬。

 

そんなこんなな摂食状態は大学卒業間際になって色んな人たちの支えがあり少し落ち着くも、なくなることはなかった。

 

就職してからあまりの忙しさに食べる気も起きない日が多くなり多少良くなったか!?と期待したけど長くは持たなかった。

忙しかった日の退勤後すぐや夜勤明けの止まらない食欲。吐きそうになるまで食べるのが癖になっていた。吐けないくせに。

 

最初はとにかくおいしいの快感、でも、「もう美味しくないのに食べてしまう」が地獄の辛さだった。食べているときも苦しいけれど、食べ終わったあとの絶望はひとしおであった。(笑)

 

そんなめちゃくちゃなわたしの食だったけれど、最近驚くほど穏やかにものを食べられるようになってきた。 

 

「休職中は今まで無視してきた体と心の声を徹底的に聞いてみる」と静かに決めていたのがよかったのかもしれない。

読みかけになっていた摂食障害専門ののカウンセラー、ステップあやさんの本もまた読み始めた。

 

今本当に食べたいのかな。

今絶対に欲しいのかな。

こんなに食べられる?

この量を「心地よく食べられる?」

これいいのか、それともこれいいのか?

 

そんな疑問を優しく自分に問いかけそして答えを待てるようになった。

大切にしたい自分の声を、自分で聞いてあげる。

本当に欲しているものを欲している量だけ食べる。

 

たぶん、余裕がなかったんだと思う。

嫌われてはいけない、好かれなきゃいけない、うまくやらなきゃ、結果を出さなくちゃ、××しなくちゃ、××すべきだ、、、 

でも結局そういう自縛でいっぱいな時って、どれだけ努力しても、どこか空虚で満たされなんてしない。その穴埋めのために、手っ取り早く食べ物を詰め込む。

 

休職に向けて色んな人の話を聞いて実践していくうちにそんな呪いのような価値観が、溶けていったように思える。

 

強くなるのではなくて、

弱さを受け入れられるようになる。

 

わたしの大好きな曲の歌詞に

「弱みこそ本当の強さだから」というのがある。なんだかそんな感じに思えてくる。

 

 

偉そうに長々と書き連ねてみるけれど、

今過食衝動が全くないというわけではない。

 

けれども「過食したい!でもダメ!!でも!」ではなくて、「どうして今こんなに食べたいんだろう」と一歩立ち止まって考えられるようなった。

 

本当に食べ物が欲しいのかな、

それとも他の何かの代わりに食べ物を欲しがっているだけなのかな。 

 わたしは何が欲しいのかな。

 

これだけでも多少生きやすくなったんじゃないかな~と思う。

 (過食との付き合いは長すぎて色々書き留めておきたいことがあるので、この話題はまたちょこちょこ書こうとおもってます)

 

 

 

f:id:lovearth1019:20170712233350j:image

昨日意気揚々と買ってきたサンドイッチ。

大好きなミルクティーも作って。

とってもおいしかった。